二人の名前なのだろう、呼ばれた子供達は嬉しそうな表情から泣きそうなものへとそれを変えた。
「主さま……」
女の子が、縋るように青年を見上げる。
けれど主と呼ばれた青年は、何も言わない。
ただじっと見下ろしているその姿に、子供達がびくびくと怯え始めた。
それを見ていた美弥は、非現実的な状況に呆けていた意識を切り替えて、両手を伸ばして二人をぎゅっと抱きしめる。
小さなその身体は、簡単に美弥の腕の中に納まった。
突然のその行動に、子供達だけではなく青年も目を見張る。
「こんなにあんたを呼んでたのに、二人を放ってたなんて」
憤りと、何か悔しさのようなものを感じながら睨みあげた。
青年の表情は、不思議なものを見るような色で。
その態度さえ美弥の気持ちを逆撫でして、膨れ上がった感情のままその口を開いた。
「どんなにこの子達が慕おうと、私にとったらあんたって最低!」
言い放つと、見開いた目をそのままに困惑したような表情を浮かべた。
思い出してしまったから。
置いていかれた時の、気持ちを。
平気な振りをして、全てを否定した。
自分には、何の価値もないのだと悟った。
その場所から引き上げてくれたのは、大好きな大好きな偲さん。
美弥は両腕に力を込めて、二人の身体を抱きしめ続ける。
この子達が、私と同じ思いをしないように。
この男にちゃんと言わなきゃ!
「大体ねぇ……っ」
そう言い掛けた美弥の言葉を止めたのは、意外にも子供達だった。
「おねえちゃん、ありがとう」
「でも、悪いのは私達なのですわ」
その言葉に、虚をつかれたように美弥は腕の力を緩めて二人を見る。
「庇わなくたって、いいんだよ? こんなに小さい子を放っておく、この男が悪いんだから」
青年を庇おうとする二人の心情に、美弥は胸をきゅっと掴まれるような気分だった。
こんなにいじらしい二人を、なんで……!
余計怒りが増幅されて睨み上げると、やはり驚いたまま美弥を見下ろしていた青年と目が合った。
吸い込まれそうなほど深い色を湛える瞳は、二人を拒絶しているわけじゃない。
ただ、何かしら責めようとしている雰囲気が伝わってきて、どうしても美弥は口を閉じられなかった。
自分が引けば二人を責め始めるのではないかと、そう思えて。
「でも……!」
「……あなたは」
言い掛けた言葉を、今度は青年が遮った。
綺麗な、低音。
今まで聞いた事もない位、落ち着いた声音。
思わず、美弥は口を噤んだ。
それを見て、青年は再び口を開く。
「あなたは、その者達に触れられるのだな」
「……はぁ?」
疑問系の上、語気強く言ってごめんなさいよ。
コノヒト、顔はいいけど頭ないの?
胡散臭そうに声を上げれば、微かにその眉間に皺が寄る。
おっと、怒らせたかも?
少し身構えると、美弥の腕の中から二人が飛び出して青年の袴の裾に縋りついた。
「会いたかったです! 主さま!!」
「お叱りは如何様にでも受けますわ! でも、主さまにお会いしたかったんです!」
「……え?」
二人はまだ涙の乾かない目を必死に青年に向けて、ぎゅっとその幼い手で裾を握り締めている。
青年は溜息をつくと、両手を伸ばして二人の頭に置いた。
「……もうよい」
その声は呆れを含んでいるようにも思えたが、仕方ないと……微かに笑む表情が本音を見せる。
「泣き止め、二人とも」
その姿を見て、美弥は自分の行動が空回りだった事に気付いた。
きっと何か理由があって、この子達と会っていなかったんだ。
それは、二人も納得している事であって。
私みたいに、捨てられたわけじゃない……
同族意識のようなものを感じていた美弥は、少し寂しい気持ちになりながら目を細めた。
ちゃんと、居場所はあったんだね。
あぁ、でもよかった。
安堵した気持ちのまま、そっとその場所を離れる。
主さまに会えたんだから、もう、私は必要ないはず。
家に帰ろう。
偲さんの温もりが残る、私の居場所に……。
「何処へ行く?」
二・三歩足を進めたところで、青年の低い声に引き止められた。
美弥は顔だけ後ろに向けて、青年を見上げた。
その足元で、しばとももが涙を流したままこちらを見ている。
「帰るのよ、家に」
他に何があるの、そう続ければ青年は首を傾げて足元のしばとももに目を向けた。
「お前達、何も言わずに連れてきたのか」
「ごめんなさいっ」
その声に、ももが目をぎゅっと瞑って謝る。
しばにいたっては、びくんっと背筋を伸ばしたまま硬直していた。
「何?」
そのやり取りの意味が分からず怪訝そうな表情を浮かべれば、幾分申し訳なさそうに青年が口を開いた。
「ここは、結界の中。外からあなたを呼ぶものがいなければ、出してあげる事が出来ない」
「は?」
出してあげる事が出来ないって?
一語で問い返せば、二人をその裾から剥がした青年が傍まで歩み寄ってきた。
そして美弥の顔を覗き込むように、上体を曲げる。
その動きに合わせて長い黒髪が、美弥の視界でさらさらと揺れた。
「ここは現実であり、現実ではない。この子達に連れられて、現実の世から隔離されたこの場所にあなたは渡ってきた」
「え? 何、どういうこと?」
現実で現実じゃないって、言葉遊びじゃないんだから!
眉を顰めれば、青年は続きを口にした。
「結界を出るにはあなたの所有物を寄代に、表の石碑の場所であなたを呼び戻す人が必要だ。石碑が、結界の入り口ゆえ」
めちゃくちゃな、無理難題を。
脳内パニックに陥った私は助けを求めるように二人に目を向けると、がばっと頭を下げて謝罪する子供達。
「だから、おねえちゃんの方が迷子だよって言ったの! ごめんなさい!」
「ごめんなさいぃぃっ!」
「それだけでは、意味が通じないだろう」]
突っ込みさんきゅーです、主さま。
まったく意味、分かりませんでした。
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